食い食いブログ

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    歴史


    寿司屋の湯飲みが大きくなった理由 食後に手を洗うためだった? - livedoor
    簡単なものでは、鯵、鰻、鰹、鮭、難しいものになると鱚、鰍、鮗などなど……。魚偏の漢字がびっしりと書かれた湯飲みは、誰しも一度は目にしたことがある、寿司屋の“定番”だ。 それにしても、この寿司屋の湯飲み、家で使うものや他の飲食店などと比べていささか大きく感じないだろうか。大人はともかく、子供が使うには両 ...
    (出典:livedoor)



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    昔、親父がよくすし屋の湯のみでよくお茶を飲んでいたのを思い出したですwww

    1 らむちゃん ★ :2017/12/03(日) 15:43:20.73 ID:CAP_USER9.net

    現代ビジネス2017年12月3日 14時0分
    http://news.livedoor.com/article/detail/13976457/

    なんと湯呑で手を洗うって!?

    簡単なものでは、鯵、鰻、鰹、鮭、難しいものになると鱚、鰍、鮗などなど……。魚偏の漢字がびっしりと書かれた湯飲みは、誰しも一度は目にしたことがある、寿司屋の“定番”だ。

    それにしても、この寿司屋の湯飲み、家で使うものや他の飲食店などと比べていささか大きく感じないだろうか。大人はともかく、子供が使うには両手じゃないと持てないほど、重厚なつくりとなっている。この理由は諸説あるが、いずれも寿司が誕生した江戸時代にまで遡る。

    江戸時代後期の文政年間、江戸の地で考案されたといわれている「握り寿司」。すでに鯖寿司や鱒寿司などの「押し寿司」は主に上方で広まってはいた。一方で、江戸前、すなわち現在の東京湾で獲れる豊富な魚介類と海苔を使用した握り寿司は、手軽にサッと食べられることから、粋な食べ物としてすぐに江戸っ子たちの人気を集めていく。

    ただ、この当時は店舗型の寿司屋はまだ少なく、屋台という形がほとんど。そのため、握り、お茶くみ、会計といった仕事すべてを店主一人で回すのが基本だった。実はこのために、湯飲みが大きくなったという。

    というのも、寿司屋の店主たちはあまりの多忙ぶりに、今ならば当然出てくるおしぼりも、洗濯する手間が惜しいからと、当時は用意しなかったという。では、客は手づかみで寿司を食べた後、米粒などで汚れた手をどうしたのか。なんと店主は、食後にお茶の入った湯飲みに手を突っ込んで洗うよう、客に提案した。

    一見、汚いように思えるが、仕事を少しでも減らそうと努力した彼らの画期的なアイデアだったといえる。こうして湯飲みは、手を洗いやすいように少しずつ大きくなっていき、今のような形に定着したのだ。

    ちなみに、客は湯飲みで洗った手をどうしたのか、といえば、その屋台の暖簾で拭いて帰ったという。江戸っ子たちが、どこが美味しい寿司を出す繁盛店かを見極めるのに、暖簾の汚れに注目していたという話があるのも、このためだ。(栗)

    『週刊現代』2017年12月9日号より


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    【シゴトを知ろう】茶道家 ~番外編~ - エキサイトニュース
    体験したことがない人にとっては、どこか敷居が高いイメージがある茶道。社会人になってから茶道を学び、現在はお茶を楽しむ「茶人」として教室を開いている近藤俊太郎さんに、茶道の世界に今なお残っている伝統文化や一人でも多くの人にお茶を楽しんでもらいたいという想い ...
    (出典:エキサイトニュース)



    (出典 imgcp.aacdn.jp)


    お茶と茶道の結びつきの歴史って?

    1 ■忍法帖【Lv=8,ドラゴン,jFI】 第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb :2017/04/24(月)12:08:35 ID:T4P

     「道」という言葉には、人や車などが往来するために整備された所という意味のほかに、芸術・技芸などのそれぞれの分野、
    また、その精神真髄という意味がある。
    そのため剣道・柔道・空手道など「道」という言葉がつく武術では、実際の技術や身体の鍛錬よりも、
    精神面における修養をさらに重要なことと見る。

     日本には武術以外にも道という言葉が付く芸術・技芸が存在するが、中国メディアの今日頭条が18日付で掲載した記事は、
    お茶そのものの起源は中国にあるにもかかわらず、「茶道」となると、なぜ世界の人びとは日本を思い浮かべる
    のかと疑問を投げかけている。

     記事は「お茶を飲むこと自体はすでに重要なことではない」と指摘し、重要なのはお茶を飲む形式であると指摘。
    茶道においては、お茶の色、香り、味、水質、火加減、また、茶道具のほかに、お茶をたてる動作、姿勢、表情など
    すべてに厳格な規定があると説明した。
    さらに茶室では腕時計をすることは禁じられているうえに時計も存在せず、また、金銭、性、ビジネスを話題に
    することは許されておらず、その話題は自然や芸術に限られていると紹介した。

     さらに客人には茶室に入る前に「茶庭」で心を浄めることが求められていると紹介、茶庭に存在する石の1つ1つ、
    木の1本1本は「和敬清寂(わけいせいじゃく)」の精神を客人に感じさせるものであり、これによって茶会の雰囲気を
    清浄に保つのだと指摘。
    お茶そのものの起源は中国にあるにもかかわらず、「茶道」となると、世界の人びとが日本を連想するのは、
    「茶を飲む」という行為を体系的に発展させ、「道」の1つに昇華させたのが日本だからだと論じた。


    【お茶の起源は中国なのに! なぜ茶道となると日本を連想するのか?】の続きを読む

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